東京高等裁判所 平成4年(行ケ)242号 判決 1993年12月24日
埼玉県大宮市プラザ75-10
原告
荒川進一郎
神奈川県横浜市神奈川区富家町1番地
原告
東海アルミ箔株式会社
代表者代表取締役
佐藤治四郎
両名訴訟代理人弁理士
大内康一
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
指定代理人
中村友之
同
岡本昌直
同
唐沢勇吉
同
関口博
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
「特許庁が平成2年審判第20949号事件について平成4年10月8日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
訴外ワイド株式会社は、名称を「装飾体」とする発明について、昭和60年3月20日、特許出願をし、その後、昭和61年6月12日、本願発明の特許を受ける権利を原告荒川進一郎に譲渡し、同月13日付けでその旨の出願人名義変更届をしたところ、平成2年9月21日、拒絶査定を受けたので、同年11月22日、審判を請求した。その後、原告荒川進一郎は、平成3年3月4日、本願発明の特許を受ける権利の一部を原告東海アルミ箔株式会社(譲渡時の商号は東海金属株式会社である。)に譲渡し、同年5月14日、その旨、出願人名義変更届をしたところ、特許庁は、上記請求を平成2年審判第20949号事件として審理した結果、平成4年10月8日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。
2 本願発明の要旨
「透明材とこの透明材が張り合された金属箔とからなり、これら透明材および金属箔は、それぞれ外表面と張り合せ内表面を有し、風景等の視覚形象が、写真、印刷等の手段によって前記張り合せ面における前記透明材の内表面または金属箔の内表面のいずれかまたは双方に形成されるとともに、前記金属箔は、アルミニューム箔で構成し、このアルミニューム箔の透明材との張り合せ面は、光の乱反射特性を有する非光沢面としたことを特徴とする装飾体」(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 引用例(実開昭48-36168号公報)には、「金属板2の表面上へ裏面に模様印刷31を施した透明フイルム3を密着して成る表面に模様を表わした金属板」(実用新案登録請求の範囲の欄)の考案が記載されている(別紙図面2参照)ところ、引用考案は「表面に模様を表わした」金属板であることからすると、装飾に用いることができるものであること、及び、アルミニウム板等の金属板の表面に透明材料の層を重ねた積層体を装飾に用いる場合、透明材料の層を通して見ることのできる金属板の表面の色・光沢等の装飾要素も装飾に利用し得ることは当業者に周知のことと認められることからすると、引用考案の「金属板2」の表面の色等の装飾要素も「模様印刷31」と合わせて装飾に用い得るものであることは、当業者が引用例の記載から理解し得ることと認められる。
(3) 本願発明と引用考案を対比すると、両者は共に装飾用の積層体であって、<1>透明材料の層(「透明材1」・「透明フイルム3」)が金属材料の層(「金属箔3」・「金属板2」)に積層された(「張り合された」・「密着し(た)」)ものである点、<2>透明材料の層の内側面(「透明材の内表面」・「透明フイルム3」の「裏面」)に装飾用の図形(「視覚形象2」・「模様印刷31」)が形成されたものである点で一致し、<3>金属材料の層について、本願発明では「金属箔は、アルミニューム箔で構成し、このアルミニューム箔の透明材との張り合せ面は、光の乱反射特性を有する非光沢面とした」ものであるのに対し、引用考案では「金属板2」であって「金属板2の表面」の性状について限定がないものである点で相違する。
(4) 相違点について検討するに、透明材料の層とアルミニウム箔とを重ねた積層体は透明材料の層を通して見ることのできるアルミニウム箔表面の色等を装飾要素の一つとして装飾に利用し得るものであることが当業者に周知のものであることを考えれば、引用考案において「金属板2」に代えてアルミニウム箔を積層しても「模様印刷31」と合わせてアルミニウム箔表面の色等の装飾要素を利用し得ることは当業者が容易に気づき得ることと認められる。それゆえ、引用考案において「金属板2」に代えてアルミニウム箔を重ねた積層体を装飾に用いることは当業者の容易に試みることと認められる。
そして、アルミニウム箔の光沢面、非光沢面のいずれを利用するかは目的とする装飾効果に応じて選ぶべきことは当業者に周知のことと認められる(株式会社パッケージング社、昭和52年12月1日発行、「新版 包装印刷百科事典」148頁、特開昭57-150566号公報の2頁右上欄3~5行等参照)ことからすると、引用考案において「金属板2」に代えてアルミニウム箔を用いる際「模様印刷31」と組み合せて得られる装飾効果を考慮して「透明フイルム3」を積層する面を非光沢面とすることは当業者が目的とする装飾効果に応じて随時なし得ることと認められる。したがって、引用考案に基づき「金属板2」に代えて非光沢面を有するアルミニウム箔を用いることにより本願発明の構成要件を全て備える積層体を構成することは当業者にとって容易なことと認められる。
請求人(原告)らは、アルミニウム箔の非光沢面を用いることにより「視覚形象」の鮮明さが得られることを根拠に本願発明の困難性を主張するが、前述のように、アルミニウム箔の光沢面、非光沢面のいずれを利用するかは目的とする装飾効果に応じて選ぶべきことであって、鮮明さを目的とする場合にも当業者は「視覚形象」の具体的態様に応じていずれがより効果的かで選ぶものと認められることを考えれば、「視覚形象」の鮮明さとの効果は、それを根拠として困難性を認めることのできるいわゆる格別の効果ということのできないものであると認めざるを得ない。
(5) よって、本願発明は引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができるものであるから、特許法29条2項により特許を受けることはできない。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、第1段は認めるが、その余は争う。同(5)は争う。審決は、相違点の判断を誤るとともに本願発明の顕著な作用効果を看過して本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
本願発明は、透明材に写真、印刷等の手段により形成された風景その他の視覚形象をより鮮明に表出させることを目的としている。本願出願前の技術水準では、例えば透明樹脂材による商品ケース等に何らかの形象、特に複雑な形象を印刷法、写真法等により形成した場合には、鮮明な画像を得ることができなかった。そのため、鮮明な画像を得る目的で「ガラス、プラスチック等の透明材に写真等を焼き付けあるいは印刷したものに背後から照明を当てる」という手法が採用されていた。しかしながら、この方法には、照明光源と画像との距離の相違による明度のばらつきが生じ、バランスのとれた影像が得られないという問題点があった。そこで、本願発明においては、視覚形象を形成した透明材の前面に何らかの光源がありさえすれば、その光源から入射する光を反射させて明確な影像を視覚に映ぜしめようとするものである。このため、本願発明では、透明材にアルミ箔の無指向性面(光乱反射面)を裏打ちする構成を採用している。透明材の前面から入射した光はアルミ箔の無指向性面によって全方向に反射拡散するから、人の目にはっきりとした影像が捕捉されることになる。このように、本願発明におけるアルミ箔の無指向性面は、アルミ箔自体が有する表面の色、光沢等の装飾要素に着目して採用されたものではない。
審決は、金属板に代えてアルミ箔を装飾に用いることが可能であることを根拠に、アルミ箔の無指向性面を利用することは、当業者が容易になし得ることとするが、誤りである。すなわち、審決は、本願発明におけるアルミ箔の無指向性面を目に見える装飾要素として捉えているが、既に述べたように、本願発明においては、アルミ箔の無指向性面は装飾要素として機能しているのではなく、前面からの入射光を乱反射させるという装飾要素とは異なった目的を有するものである。したがって、アルミ箔の表面の色、光沢等が目に見える装飾要素として利用されていたとの点が周知の技術的事項であったとしても、このことから、本願発明の相違点に係るアルミ箔の無指向性面の光乱反射特性の構成を容易に想到し得るということにはならないから、審決の相違点に関する判断は誤っている。なお、物体に印刷された視覚形象ないし模様等の視認対象が見えるということは、視覚形象ないし模様等から発した光が観察者の目に達することによるものであることは認める。
また、本願発明の奏する画像の鮮明化という効果は、引用例、周知例からは予測できない効果であり、審決はかかる効果を看過したものである。
よって、審決は、違法として取消しを免れない。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因に対する認否
請求の原因1ないし3は認め、4は争う。審決の認定判断は正当であり、原告ら主張の誤りはない。
2 反論
引用考案において、「金属板(2)の表面上へ裏面に模様印刷(31)を施した透明フイルム(3)を密着(する)」のは、金属板の上に位置する印刷模様を見えるようにするためである点は、当業者にとって疑問の余地がなく、ここで、金属板上に密着された印刷模様が見えるということは、印刷された領域からの光と非印刷領域からの光との両者が、色調や明度や彩度の差をもって人間の目に届くということに他ならない。そして、該「金属板]は自ら発光するものではないのだから、当然、目に見えるものは反射光である。この点で、原告らの主張は、「物体上の画像の存在が視覚でもって認識できるということは、換言すれば、印刷領域からの光が非印刷領域からの光と差をもって人間の目に届くということに他ならない」というごく当然の理を無視したものである。そもそも、物体上に印刷するという場合に、光反射が必要なく、光反射自体あるいは反射の態様の重要性について全く認識していない、などということは常識的にあり得ない。
表側が光沢を有し裏側が非光沢性のアルミ箔は、従来、周知である。ここで非光沢面は、入射光がより乱反射する、すなわち、特定方向にのみ反射せず全方向に反射する。換言すれば、いずれの観察方向にも光量がより均等に分散され、したがって、個々の観察方向においては観察者の目に入る光量はその分、より減じる、ことに他ならない。その結果、過剰な反射光量によるぎらつきがなくなり、落ちついたシックな感じになるのである。
原告らは、審決が、アルミ箔の無指向性面を目に見える装飾要素として捉えている点を非難するが、印刷インキのある画像領域と印刷インキのない非画像領域との双方が装飾物を形成する要素である以上、非画像領域である無指向性面領域を装飾要素とすることに何らの問題もない。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。
2 本願発明の概要
いずれも成立に争いのない甲第2号証の1(願書添付の明細書)及び同号証の3(平成2年11月22日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。
本願発明は、各種ディスプレー、装飾額等に用いるための装飾体に関するものである。従来は写真用の印画紙等の白色の下地部分に、焼付け、印刷等によって撮影した画像をプリントしていたため、白下地部分の光反射率が不十分なため解像度の高い迫真的な画面が得られないという欠点があった。このため、従来は、例えば、ガラス、プラスチック等の透明材に写真等を焼き付け、あるいは印刷して、背後から照明を当てるという方法が採用されていた。しかし、この方法による場合は、単に明度が上がるのみで解像度自体の向上は望めず、また、カラーの場合は色合いが不自然となり、装置自体が大型化し、用途が制約されるという問題点を有していた。
そこで、本願発明においては、無光沢(無指向性)のアルミニウム金属箔に写真、絵画等を表出して透明材で覆うか、透明材に写真、絵画等を表出して無光沢(無指向性)のアルミニウム金属箔を裏打ちするという本願発明の要旨記載の構成を採択することによって、前記の問題点の解決を図ったものである。
3 取消事由について
審決の理由の要点のうち本願発明と引用考案との間に審決摘示の一致点及び相違点が存在すること並びに相違点に対する判断のうち、当業者が、アルミニウム箔表面の色、光沢等を装飾要素として利用するとの観点から、引用考案の「金属板2」に代えてアルミニウム箔を採用し得ることに容易に気付き得る事実は、いずれも当事者間に争いがない。
そこで、相違点に対する判断の当否について検討するに、原告らは、本願発明においてアルミニウム箔の非光沢面を構成要素として採択したのは、装飾体に描かれた視覚形象の鮮明度ないし解像度の向上を目的として、非光沢面の有する光の乱反射特性を利用するためであり、このような非光沢面の利用の仕方は、アルミニウム箔の非光沢面の装飾要素としての利用ではないから、審決指摘の周知例からは何らこの点に係る構成の示唆はなく、審決の相違点に対する判断は誤っていると主張する。
そこで検討するに、成立に争いのない乙第1号証(昭和52年12月1日株式会社パッケージ社発行、「新版 包装印刷百科事典」148頁)には、アルミニウム箔の光沢面及び非光沢面への印刷に関して、「印刷効果としては、非常にデラックス感が出る点外観上優れている。特に、透明インキを使用することにより、金属光沢を有する色彩を出すことが出来る。又、裏アルミと称して、非光沢面に印刷すると、非常に落着いた、シックな感じを表現出来る。」(左欄5行ないし9行)との記載があることが認められる。そこで、上記記載事項の技術的意義について検討するに、まず、物体に印刷された視覚形象ないし模様が観察者の目に見えるのは、視覚形象ないし模様から発した光が観察者の目に達することによるものであることは原告らにおいても争わないところである。そこで、かかる視認のメカニズムを前提として上記記載をみると、上記記載事項のうち、アルミニウム箔の光沢面と非光沢面のもたらす印刷効果の違いは、結局、アルミニウム箔に印刷された視覚形象ないし模様から反射して観察者の目に入る光線の相違に起因するものであることを意味することとなる。してみると、アルミニウム箔の光沢面と非光沢面のもたらす印刷効果の相違を指摘している上記記載は、上記の印刷効果の相違がアルミニウム箔の光沢面と非光沢面の有する反射特性の違いに起因する旨の明示的表現こそないが、前記のような視認のメカニズムに照らすと、結局、アルミニウム箔の光沢面と非光沢面の光に対する反射特性の違いに起因して前記のような印刷効果における相違が生ずるとの技術的事項が開示されていることに帰着することは明らかである。そして、各種の印刷効果が視覚形象ないし模様から反射して観察者の目に届く光線に左右されるものであることを知る印刷に関する当業者であるならば、かかる技術的事項を前記の記載から読み取ることは十分に可能というべきである。そうすると、前掲乙号証には、アルミニウム箔の光沢面と非光沢面の光の反射特性の相違によって印刷効果に差異が生ずることが開示されているものということができ、しかも、前掲乙号証の書物の性格及び発行時期等に照らすと、前記技術的事項は本願出願前において周知であったと認めることができる。しかも、上記の印刷効果の相違を考慮して、アルミニウム箔の光沢面を利用するか、それとも非光沢面を利用するかは、適宜、当業者において選択し得るものであることは、前掲乙号証の記載自体から容易に推認することが可能というべきである。そうすると、以上によれば、アルミニウムの光沢面、非光沢面の光に対する反射特性を適宜活用して、印刷された視覚形象ないし模様の観察者に与える印象を変えることが可能であることは、本願出願前に、当業者間において周知の技術的事項として知られていたものということができるというべきである。
原告らは、本願発明においては、非光沢面の乱反射特性を利用するものであり、非光沢面を装飾要素として利用するものではないと主張するが、前述のように、前掲乙号証には、印刷効果の観点から、非光沢面の乱反射特性を利用するとの技術的事項が開示されているのである。審決は、「金属板の表面の色・光沢等」を装飾要素として挙げていることは当事者間に争いのない前記審決の理由の要点に記載のとおりであるところ、他方、審決は、「アルミニウム箔の光沢面、非光沢面のいずれを利用するかは目的とする装飾効果に応じて選ぶべきこと」として、前掲乙号証等を援用していることからすると、審決のいう「装飾要素」とは、装飾効果に影響を及ぼす諸要素とでもいうべき広い概念であって特にこれを前記の例示された要素に限定する趣旨でないことは明らかであり、アルミニウム箔の光沢面、非光沢面がそれぞれ有する光に対すう反射特性も装飾効果に影響を及ぼす一要素として当然に含まれているものと解することができることは、前記認定の「裏アルミ」に関する記載部分からも明らかである。したがって、アルミニウム箔の非光沢面の有する光に対する乱反射特性を「装飾要素」に該当しないとする原告らの主張は、採用できない。のみならず、当事者間に争いのない前記本願発明の要旨によれば、「視覚形象」すなわち、模様をアルミニウム箔の内表面に形成し、その上に透明材を張り合せる構成も本願発明に含まれるところ、これは、アルミニウム箔のもつ光の反射特性の利用という側面からみた場合には、前記認定の「裏アルミ」と称する印刷方法の場合と何ら差異はないのであって、この点からみても、かかる乱反射特性に関する技術的事項の開示がないことを前提とする原告らの主張は採用の限りでない。
したがって、審決が「引用考案において「金属板2」に代えてアルミニウム箔を用いる際「模様印刷31」と組み合せて得られる装飾効果を考慮して「透明フイルム3」を積層する面を非光沢面とすることは当業者が目的とする装飾効果に応じて随時なし得ることと認められる」とした判断に誤りがあるとすることはできず、審決の相違点に関する判断に誤りがあるとすることはできない。
次に、原告らは、審決は本願発明の顕著な作用効果を看過したと主張するので検討するに、前記のように、アルミニウム箔の光沢面、非光沢面のいずれを利用するかは、その光に対する反射特性を考慮して、適宜、使い分けられてきたところであり、これによれば、非光沢面の反射特性に起因する効果も当業者の容易に予測し得るところというべきであるから、本願発明の非光沢面に基づく効果をもって当業者が予測できない効果ということはできず、原告らのこの点に関する主張も採用できない。
したがって、取消事由はいずれも失当であり、審決に原告ら主張の違法はない。
4 よって、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 田中信義)
別紙図面1
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別紙図面2
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